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東京家庭裁判所 昭和39年(家)12771号 審判

申立人 橋本勝男(仮名)

相手方 橋本明男(仮名)

主文

相手方が申立人の推定相続人であることを廃除する。

理由

本件申立の要旨は、相手方は申立人の長男で推定相続人であるが、幼時より放浪性があり、長ずるに及んで男女間の身持が悪く、かつ浪費癖があり、過去二〇有余年間非行をくり返し、いまだに素行がおさまらず、申立人を著しく苦しめ、とくに最近では、申立人所有の土地建物等を申立人に無断で他人に賃貸若しくは売買する旨申し向けて金員を詐取した上、これを競輪、オートレース、飲酒等に費消し、その尻拭を申立人にさせ、また昭和三九年一一月には人妻と共に家出し、申立人や妻子を遺棄していまだに帰宅しない状態で申立人としてもこれ以上到底忍び得ないから、相手方が申立人の推定相続人であることを廃除する旨の審判を求める、というにある。

よつて審案するに、参考人川上次男、同藤井俊男、同和田八郎、同橋本典男、同中山吉郎および申立人各審問の結果、家庭裁判所調査官中山文枝の調査報告書、弁護士杉内信義作成の山田松男、村田昭、井田春男からの各聴取書および本件記録編級の各戸籍謄本を綜合すれば、次の事実を認めることができる。

(1)  相手方は申立人の長男である。申立人は現在七二歳、相手方は四二歳である。申立人は妻フミとの間に、相手方のほか現在二男典男、二女幸子がいるが、いずれも結婚して近所に住んでいる。なお妻フミは昭和三八年二月二〇日に死亡した。申立人は昭和四〇年三月まで学校用務員として働いていたが、現在は相手方の妻が営む八百屋を手伝い、その子等である一郎(一六歳)、治男(一四歳)、清子(一一歳)、良男(七歳)等と暮している。申立人所有の主な財産としては、宅地三〇〇坪、農地二反、家屋等である。

(2)  相手方は、高等小学校卒業後自家で農業の手伝をしていたが、一八歳頃から女遊びを始めて借金をするようになり、また当時近所に住んでいた加山文男の妻るみと関係して女児を出産させ、その子を申立人等夫婦の子として入籍させた。

(3)  相手方が二二歳当時、小遣銭欲しさから自転車の賍物故買の罪を犯し、起訴されて有罪の判決(執行猶予付)を受けた。

(4)  昭和二三年五月一八日相手方は現在の妻みちこと結婚し、しばらくは真面目に暮していたが、川口にオートレース場が出来てから賭事に夢中になり、借金を作つてはしばしば家出をするようになつた。しかしいつも「今度は真面目になる」というので申立人が借金を払つてやり、そのたびに家に戻つたがまたすぐに元の状態に戻つた。また当時遊興費欲しさに工場に勤務するようになつたが、転々と職場を変え、しかも収入は全部遊興費に費消して家計を顧なかつた。

(5)  相手方は昭和三〇年当時、妻との間に三児をもうけておりながら、当時の勤務先○○精化工業株式会社の工員であつた中村某女と懇ろになり、約三ヵ月間同棲した後、申立人等の叱責で漸く帰宅した。

(6)  相手方はその頃から八百屋を始めたが、仕入先に支払をせず、売上金を遊興費にあて、その不行跡の跡始末を申立人にさせた。その頃から昭和三七年頃まで、毎年五、六月頃と一二月頃に三〇万乃至五〇万位の借財をし、その都度家出放浪し、そのため申立人において止むなく債権者等に対し、相手方の債務を支払つてきたが、その額は合計六~七〇〇万円に及んでいる。

(7)  昭和三八年二月二〇日に相手方の母が死亡し、その後しばらくは平和な生活が続いたが、申立人が病気となつて昭和三九年七月一五日○○病院に二度目に入院した際、相手方は申立人所有の自宅裏の土地約一七坪を、申立人に無断で、洋服仕立業村田昭男に坪当り金三万五、〇〇〇円の割で権利金をもらうこととして賃貸し、内金五二万五、〇〇〇円を受け取り、またその頃、申立人所有の土地約五〇坪を家具製造業山田松男に坪当り金三万五、〇〇〇円の割合で勝手に売却し、内金一〇〇万円を受け取り、更に、昭和三九年八月二五日、相手方は運転免許証もないのに、日産小型トラックの新車を購入する契約を結び、代金四三万円のうち自らは頭金二〇万円を支払つたのみで残額は友払わず、また同年九月三〇日には日産乗用車ブルーバードの新車を注文し、代金六四万円のうち自らは頭金一一万円を支払つたのみで残金は支払わなかつた。

(8)  これらのことを聞かされた申立人は、病気全快を待たず同年一一月一七日に退院することとしたが、申立人の退院を知つた相手方は、申立人から再び自己の不行跡について叱責されるのを恐れ、上記乗用車を島田某に売り渡して内金二〇万円を受け取つた上、かねてねんごろの関係にあつた近所の泉田靴店の妻某女と、その子(三歳)の二人を連れて家出し、以後今日にいたるまで帰宅せず、その間申立人や妻子の生活を顧ない。なお、相手方は、申立人が入院中、「おやじが早く死んでしまえば、財産は全部おれのものになる。おやじの財産はおれの自由だ、おやじの退職金もみんなに分けてやる」などといつていたものである。

以上認定の事実によれば、相手方の所為は、相続人廃除の原因の一つである著しい非行に該当すること明らかである。

ところで本件においては、相手方はその所在が不明であるため、当裁判所としては相手方から直接事情を聴取してはいない。大体、推定相続人廃除という被廃除者にとつては重大な結果を招来すべき事件については、原則として被廃除者の意見を聴くのが相当であると解するが、本件の場合、申立時より現在まですでに一年以上を経過しても相手方の所在は判明せず、かつ、証拠によつて相手方の著しい非行性が認定でき、更に、一旦廃除の審判が確定しても、相手方のその後の行状いかんによつては、申立人からその取消の申立をすることもできるし、また遺言によつてその取消の意思表示をすることもできるので、相手方の意見を聴かないまま、あえて審判する次第である。よつて本件申立を認容して、主文のとおり審判する。

(家事審判官 日野原昌)

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